酒本書評(パクリ):萩尾俊章「泡盛の文化誌」
先日何気なくツイッターを眺めていたら、面白そうな企画を見つけた。
きょうから始まったレシピ本の紹介連載。どうしてこの企画を始めようと思ったか、そしてどんな構成かをまとめました。
— 白央篤司 (@hakuo416) 2020年1月17日
「食本書評」というコラム始めました|白央篤司 #note https://t.co/XOOAykJhTM
なるほどなー。
確かに本屋の料理本コーナーに行くと、あまりの数にどれから手に取って良いのやら…という感じになるので、その指針となるとても良い企画だと思う。
そして、企画内容もさることながら、「食本書評」という言葉にピンときた。
ああ、自分なら「酒本書評」というちょっとした「まねっこ遊び」ができそうだな。。。
酒に関する本なら、専門書も含めて無駄に読んでいるし。。。
ということで、ちょうど読んでいた泡盛の本について書いてみることにした。
選んだ本は、萩尾俊章「泡盛の文化誌」。

- 作者:萩尾 俊章
- 出版社/メーカー: ボーダーインク
- 発売日: 2005/01
- メディア: 単行本
渋谷の沖縄料理屋で友人らと泡盛をしこたま飲み、その素晴らしさに改めて感動し、もっと知りたくなって思わずこの本をを買ってしまった。
昨晩は渋谷の沖縄料理店「香の帆」にて、総勢6名で泡盛を飲みまくった。初級者にとってはこういう機会は有り難く、個々の違い、ジャンルとしての広がり、良い製品の凄みなどを感じることが出来て、経験値が高まった気がする。
— わっしー@兼業主夫・地理講師・旅行ガイド (@wassy1974) 2020年1月18日
結論から言うと、この「泡盛の文化誌」は本当に素晴らしい本で、泡盛に関して読んだ最初の本がこれで良かったと思う。
以下、つらつらと感想を書いていく。
■はじめに
自分が好きな本は、「はじめに」に込められているメッセージや着眼点が素晴らしいことが多い。
この本も例に漏れず、「はじめに」が奮っていた。
著者は言う。従来の本は『エッセイや酒造所・銘柄紹介に重きが置かれ、歴史や文化についての記述が少ない』ので、『意を決して執筆することにした』と。
人がやっていないことをやろうとする心意気。そして、自分の専門である「地理・歴史・文化」からのアプローチということで、ますます期待が高まった。
そして最後に、『「酒は飲むとも飲まれるな」という戒めは酒飲みにとって、自分自身にとっても耳の痛い格言である。』と言いつつ、柳田国男氏の『酒は本来飲まれることにその本旨があった』という名言を引用するあたり。とことん酒にダイブされる方のようで親近感が沸いた。。。
■本の内容と印象に残ったこと(ネタバレにならない程度に)
全体の構成は、世界の酒の歴史からズームアップして泡盛に迫り、続いて古い方から歴史を紹介し、最後に酒の民俗を紹介するというオーソドックスなもの。
第一章「世界の酒文化」の前半「世界の酒と日本の酒」は、いろいろな本で語り尽くされている話題であり、斜め読みのつもりで読み始めたが、「浅の広く」のくせに単なる羅列に感じさせない謎の文章力で、飛ばすことなく読まされてしまった。酒全般に対する見識の高さがなせる業か。
そして、第一章後半の「泡盛の源流をたどる」こそ、この本の白眉だろうと思う。
中国南部でのフィールドワークの様子はエキサイティング、かといってそこに固執しすぎる事なく、多面的に状況証拠を積み重ね、独自の論考を加えていく様子がたまらない。
そのうえで、定説とされてきた「タイ(シャム)伝来説」をことさらに否定するでもなく、『様々なもののルーツを考える場合、単一的・一方向的に伝来を考えることは慎まなければならない。人間の交流は多面的・重層的であり、両方向的なこともある。』と締めくくる。いやー、痺れます。。。
第二章「泡盛の特徴」は、教科書的に泡盛の製法、名前の由来などを解説している部分。技術についても言及しつつ、かと言ってあまり深堀しすぎず、難しそうな化学式などが出てこないところが良い。
最も収穫だったのが、泡盛の原料としてタイ米を使うようになったのが「明治時代以降」だと分かったこと。自分の勝手なイメージとして、貿易が盛んな琉球→沖縄では、昔から泡盛の原料米を輸出していたのだろうと思っていたが、そうではなかったのか。。。
輸入に至った主なきっかけは「明治時代の米不足」ということだが、これは、同時期の山梨県・長野県で、やはり米不足を契機にワイン醸造が始まったことと重なるのが面白い。
第三章~第五章は泡盛の歴史。
第三章「王国時代の泡盛」で特に印象深かったのは、江戸時代の日本国内における泡盛の評判の高さ。飲用としてはもちろん、薬用や刀の消毒用などの需要もあったそうだ。
それに関して、『17世紀後半には各藩では泡盛の配給を待ちきれず清酒の新粕を酒屋で蒸留させ、粕取り焼酎を常備させるようになる。』との記載がある。
ここで俺たちの粕取り焼酎が華麗に登場(昨年から正調粕取焼酎にハマっているので)。
余談だが、琉球の人たちは、あの癖が強い味わいの粕取り焼酎をもらって喜んだんやろか?うーん。。。
ついでにもう一つ余談。酒好きの尚泰王が、飲みすぎをたしなめた側近に「腐れ儒者、腐れ樹者」と言って追い払った出来事は、漢の高祖・劉邦を意識していたと思われる。自分のような中国古代史好きはここでニヤリとするだろう。
第四章「近代の泡盛」から第五章「現代の泡盛」で描かれている泡盛の近現代史は、ひたすら時代に翻弄されていた感じがして、読んでいて少し辛かった。
その背景には、泡盛が琉球王国の「國酒」から、日本国の「辺境酒」に変わったこと、そして本土より圧倒的に太平洋戦争のインパクトが大きかったことが影響しているのだろう。(ここで言う「辺境」というのはあくまで「当時の日本国でそういう風に見なされていた(であろう)」という趣旨の表現なので、誤解無きよう。)
酒マニアとしては、酒税の徴税強化の一環として自家醸造が禁止されたことにより、かつて島ごとに多様な原料を用いて作られていた酒が、ほぼ泡盛に一本かされていったという事実が大きな衝撃だった。
自分はこの本を読む前に「沖縄の酒文化=泡盛」という固定観念を持っていたが、それは近代になって「モノカルチャー化」された後の姿だったのだ。
今から考えてみれば、沖縄諸島の範囲はとても広く、島ごとに地形・地質・気象などが異なり、それに応じて様々な酒が造られていたであろうことは想像に難くない。自分は地理を専門としていながら、そこに思い至ることができなかったことが悔しくてならない。
最後の第六章「沖縄の酒文化」は、酒にまつわる民俗をアラカルト的に紹介している部分。
沖縄の伝統的な酒宴のスタイルとか、沖縄では口噛み酒が近代まで残されていた話とか、この前沖縄料理屋で印象に残った酒器「カラカラ」の話とか、色々と興味深かった。
■まとめ&余談
この本は200頁弱とそれほど分厚くないが、凄まじい量の情報が詰まっている。(なので、自分の文章ごときではちっともネタバレにはならない。)
これを丹念に読めば、泡盛の「文系」的な側面はほぼ網羅出来てしまうかも、くらいに思わせてくれる。(自分はまだまだ丹念に読めていない。)
泡盛に興味がある人にはむちゃくちゃオススメしたいが、基本的に学術書であり「今日すぐ役立つ情報」とかは無いので、かなり向き不向きはありそう。
そして、理解の前提として、酒全般の包括的知識と、沖縄の地理・歴史の知識がそれなりに求められると思う。
最後に余談。
ちょうど同じころ、「沖縄たべもの語り」という素晴らしウェブサイトを見つけた。
沖縄たべもの語り
こちらは基本的に技術畑であり、化学式などがバリバリ出てくるが、歴史や文化に言及する視野の広さもあって本当に素晴らしい。
「泡盛の文化誌」から文系的に、「沖縄たべもの語り」から理系的に、そしてもちろん、もっと泡盛を飲んで、飲まれて、その世界を楽しんでいきたい。
<了>