人の見のこしたものを見るようにせよ。

すべての道は地理に通ず。

剣菱と桶

(注:この記事はSNSなどでシェアしないでください。隠す内容ではありませんが、関係者を刺激することは私の本意ではありませんので。)

自分も記事を寄稿している日本酒メディア「sake street」で、大好きな剣菱酒造の記事が掲載された。
書き手は木村咲貴さん、物書き・編集の先輩としてリスペクトしており、かつ自分をはるかに超える「剣菱愛」を持つ方ということで、待望の記事であった。
sakestreet.com

いやいや、さすが、読ませるなー、と思いながら進み、最後の方の「桶買いをやめ、100%自社醸造へ」というタイトルを見て「やっぱりその話題が来たか…」と。
最初の4つの段落はすんなりと読んだが、その次で「おや?」と思った。

自社でまかなえない部分を補うため、一般的な購入額の2倍以上を支払って桶買いを行っていたという剣菱酒造。購入量はあらかじめ決まっているものの、購入するお酒は毎回唎酒をして選ぶことで、質の悪いお酒は決して買い取らない体制を整えていました。

この記事の狙いの一つは、「剣菱と他の大手の違い」をクローズアップし、そのことを通じて魅力を浮かび上がらせる事だと考えられる。
上記の文章にも、言外に「剣菱が他の大手よりも”誠実な桶買い”をしていた」という含みが感じられる。
(※あくまで自分流の解釈です。)

ここで、自分の頭に「本当にそうなのだろうか?」という疑問が浮かんだ。
なぜならば、他の大手による”誠実な桶買い”の事例を知っていたからである。

当社でも、Gという御蔵に未納税移出しておりました。私自身はほとんど記憶にありませんが、タンクローリーが来て春と秋にお酒を運んでいたようです。Gという御蔵は、未納税蔵に対する指導が厳しく、蔵元や杜氏に講習を施し、貯蔵法を指導していました。貯蔵法に関していえば、当時は常温保存が普通であった時代に夏場の冷蔵保存を指導し、引き取りに当たっても、アルコール度や酸度の厳しい基準があったようです。
(中略)
現社長に言わせると志太泉がGというブランドメーカーに未納税移出していた事や引取り単価が相場より高かった事は非常に満足であったとの事です。
(出典:志太泉酒造ウェブサイト:http://shidaizumi.com/column/column9.htm

さらに、桶買いを全く行ったことが無い大手藏として、白鷹酒造の事例が思い浮かんだ(白鷹その姿勢から「灘の良心」と呼ばれている)。

酒質を最大の誇りとする白鷹では、自社の蔵だけで造った“生一本”の酒にしかラベルを張りません。つまり他のメーカーで造られた酒を買い、これを適当にブレンドして自社製品にするという、いわゆる“桶買い”は一切存在しないのです。
(出典:白鷹酒造ウェブサイト:https://www.kuramotokai.com/kikou/54/governor

このような中で、剣菱の桶買いをどのように捉えれば良いのだろうか。
その手掛かりとして、桶買いの全体像について「コンプライアンス」の視点から簡単に整理してみた。

コンプライアンス」は、大きく「法令順守」と「倫理尊重」の2つで構成される。
前者の「法令」という視点から見れば、桶買いは、過去も現在も問題のない行為である。
一方、後者の「倫理」という視点から見れば、ラベルに実際の製造所(酒蔵)を記載していないということで、消費者への情報開示が不十分であるという問題がある。

法令を遵守しているので「クロ」ではなく、断罪の対象とはならない。
一方、倫理を十分に尊重しているとは言えないので「シロ」でもく、賞賛の対象にもならない。
桶買いは、白でも黒でもない「グレー」の存在だと言える。

このような全体像の理解のなかで、桶買いに対する大手各社の振舞いを「誠実(ホワイト)/普通(グレー)」に分けるとすれば、その境界線は「誠実な桶買い/普通の桶買い」の間ではなく、「桶買いをした/しなかった」の間が相応しいと自分は考える。
そして、この考え方を当てはめると、桶買いをしなかった白鷹が「誠実(ホワイト)な企業」であり、剣菱を含むその他の大手は「普通(グレー)の企業」だと言わざると得ない。

これが自分なりの結論である。


色々と面倒なことを書いてきたが、自分はこの記事と剣菱の歴史にケチをつけるつもりは毛頭ない。
ただ、引用部分だけはどうしても納得できないので、読まなかったことにしておきたい。
そうしたとしても、十分な内容が詰まった満足度の高い記事なのだから。


追伸:つい昨日、この記事の続き(中編)が公開された。こちらは何の引っ掛かりも無く読める最高の記事だった。後編も楽しみだ。
sakestreet.com